長崎県五島列島の歴史から食べ物、観光情報まで幅広い情報を提供する五島雑学大事典(新現役の会&農援隊)

サンゴ船の遭難

明治末から大正にかけて男女群島のサンゴ船の大形遭難が相次ぎ、合計で2000人以上の人が亡くなったという。強風が急に方向を変え、舟が岩場に叩きつけられたりしており、風下に避難していたにもかかわらず、急激な気象の変化に対して櫓こぎ舟では逃れることができなかったためであろう。特に明治37年の700名を超える遭難は、洞爺山丸の事故までは日本最大の海難事故と言われていた。この時のことを小説にしたのが、新田次郎の小説『珊瑚』である。又、九州各地からの乗組員も多く、富江横が倉の妙泉寺の供養碑の刻名によれば、九州各地から集まっていることがわかる。その他に大蓮寺や玉之浦の西方寺などにも供養碑があり、富江只狩山山頂付近には、山野道雄の尽力で珊瑚記念碑が建立されている。

五島雑学大事典
 
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