小値賀町に属するが、火山島である小値賀町の島々の中で地質的には全く異なる。沖の神島神社があって神官も最後まで島に残ったが、平成16年についに無住の島になった模様。南部の野首、舟森の両地区はキリシタンが移住し、のち、野首地区には鉄川與助が請け負って、明治41年にレンガ作りの野首教会(県文化財)を建てるまでになった。昭和35年の統計では、小・中学校生徒数191名を数えていたが、人口減少が続き昭和40年代に信徒も離島した。国際音楽祭の継続実施など行っており、透き通るようなきれいな海と真っ白な砂浜や、野生のシカも数百頭おり、自然学塾村の宿泊施設もあり、夏場の受入などは継続されるものと思われる。