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慶長年間(1596~1615)頃紀州広浦(現在和歌山県広川町)の漁師が漁業基地として移り住み栄えた町で、その漁民が紀州七社権現の分霊を祀ったことに始まるとされる。当時は楢の木が繁茂していたと考えられ、地名の奈良尾はそこからついたともいわれる。参道には昭和36年(1961)に国指定天然記念物になったアコウの巨木がまたがり、あたかも巨大な鳥居をくぐって参詣するかのようになっている。