大正15年、甘藷は島内農産物中の首位を占め、その年産額は約二千萬貫に達し、農家の主食に充てる他、焼酎、澱粉の原料として移出している(『五島民俗圖誌』)。長い聞、五島の秋から冬にかけての最大の風物詩は、かんころ棚に干された芋であった。昭和45年には甘藷生産が8万トンであったのが、糖蜜等に押され、焼酎原料としての切干甘藷は急速に需要が減少、平成2年には1万1千トンとなり、平成10年代についに統制価格から外れ、一気に廃れた。現在棚に干されているのは、かんころ餅の材料にする茄で干しがんころが少しである。