福江鬼岳の溶岩流の停止線辺りに昔から豊富な浸透水である湧水があり、生活に必要な水を得ていた。特に、飛行場あがり口の三尾野水源地から清浄寺にかけては豊富な水量を誇り、石田城にも流れ込む安養寺川の水源ともなっていた。また大津地区には、少なくとも7ヵ所のカワがあって生活用水として利用されてきでおり、とくに、善教寺近くの岩川は立派な石組によってまず飲料水の確保を行い、その下で、出荷する野菜などの食べ物を洗った。更にその下流で洗濯物を持参して洗う生活であった。現在では、水道が引かれたことから飲料水としての利用はなくなったが、他は昔からのままで、石組の水辺には、鎌などを研いですり減っだ縁石もあり、伝統的な生活空間が今に引き継がれている。大浜地区でも同様に山の裾野から海側に向かって平地になった住宅地の端々に数カ所あり、他にも水タンクに転用しているものもある。五島では、湧き出る泉をカワと呼んでいる。