奥浦から更に奥に入った地区。約200年ほど前の寛政年間に、大村藩から3000人とも言われる人々が五島各地に移り住み、奥浦地区各地にも居着いたが、狭い山間地や海に迫る荒れ地の開拓に当たり潜伏キリシタンとして信仰の灯をともし続けた。この半泊には大正時代後期に、透明感のあるきれいな海の石ころの浜辺際にカトリック教会が建てられている。人口減と高齢化により、平成3年にはカクレキリシタンのグループが解散した。また近年まで冬の風物詩ともなっていたクロイオ(メジナ)の追い込み地引き網漁の発祥地でもあり、山見の指示で動く伝統的な漁が行われていたがこれもやまった。人口急減でしかたないことなのであろう。